何も無駄なことはない

「焦らなくていいですよ。会社はこちらの気持ちを分からずに、急かしてきますが、それを気にしていたら、治るものも直らなくなります」と、かかりつけの医師から言われ、自分が追い詰められていることに気がついた。

 10月に入った頃、「11月に職場復帰して頂けないなら、自主退社ということになります」と、会社の医師から告げられた。

 その宣告を聞いてから、数日間は、また心を病んで、何もする気が起きなくなっていた。昨年の12月頃のような、家から出られない、ベッドからも出たくない、そんな気分になっていたのだが、2週間に1度は病院に通って診断書を提出する義務があったので、なんとか体を起こして病院に出向いた。

 焦りもあったのだが、職場復帰して今までのパフォーマンスを求められたとして、心を病む原因となった人と顔を合わせながら、これまで通り仕事を楽しめ、お客様に喜んでもらえる接客の自信がなかった。

 そして職場復帰したとして、あと何年務めることができるだろう。会社から求められるパフォーマンスに自分は応え続けられるのだろうか。今の仕事が好きで好きでどうしようもなくて選択したと言えるだろうか。そんな自問自答をする日々だったが、考えて行き着く先は必ず心が折れてしまう悪い想定しかできなかった。

 かかりつけの医師からは「まずは治すことを優先に考えましょう。焦らなくてもいいですよ。会社はリミットを切ってきますが、その先もあなたの人生は続いていくのですから」といわれ、少しだけ気持ちが楽になり、その翌日から楽しいと思えることをしよう、プログラムを作ろうという気持ちになれた。

 プログラムを作りながら、お店の情報を調整していると、こんな場所にこんなお店があるのかとか、このショッピングモール一体何件のお店が入っているんだ?と驚いたり、この前TVで紹介されていたお店も優待が使えるのかと、ディスプレイの中に広がる世界はとても広くて楽しく感じられた。

 子供の頃「楽しいと思うことを仕事にできたらいいのに」と思っていた。ファイナルファンタジーを初めてプレイしたときにナーシャ・ジベリのようなプログラマになりたい!と思ったこともあったし、社会人になってからは地場産業の発展をするためにはどうすればいいんだろうと考えたときもあった。

 自分を振り返る思考の旅の中で、この作っているアプリは自分が楽しいと思えるし、地域の企業を株主として支えることは地域の活性化に通ずるのでは?という結論に達した。

 医師からも言われた通り、この先、自分の人生はまだまだ続く(私は130歳まで生きる予定なので)。その中で、本当にやりたいと思うことをに出会えるチャンスはあと何度あるだろう?今このアプリを作っている意味は何だろう。そう思ったとき、ここが人生のターニングポイントなのかもしれないと感じた。

 もちろん、100人中100人が「絶対に今の会社を辞めるな」と止めるだろうことは承知している。入社できたことが奇跡だと思える、自分には立派すぎるほどの会社だ。それでも自分に嘘をつくことができなかった。

 今までの人生で、いくつかのターニングポイントがあった。
 そのたびに強い喪失感に襲われる。
 それでも経験したことを糧に次に進んでいる。そして今もこうして生きている。

 その会社での経験や出会いを糧に、新しい扉を開くタイミングが来ているってことなんだろう・・・多分。しらんけど。